08/18: 侵入思考について
「侵入思考」というものの見方について
あるいは、臨床認知心理学について
お盆休みをいただいて少々空いた時間があった事もあって、前から読み返してみたいと思っていた「侵入思考」という本を読んでみました。
ブログに遊びに来てくれる小堀さんも訳に携わってる本のようです。
読んでいて思ったのは、これは”認知心理学”という考え方に近いな、いわば”臨床認知心理学”みたいなものかなという事でした。そんな言葉があるのか知りませんが、調べてみるとどうやらありそうです。
そういう意味では本書に書かれている事は同様に認知心理学の持つ優れた点が長所と、胡散臭い点が短所になっているとも言えます。
さて、侵入思考というものの見方ですが、本書に書かれている事はまず、ノーマライゼーションについてです。
「我々人間は日常生活を送るにあたって、種々雑多な思考の断片が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている」(雑念)
「それらの思考の断片が、現在遂行中の行為を妨害する、集中を途切れさせる事がある」(侵入思考)
という前提の元、それらの中には自分でも変だと思う(自我異和的)ものもあれば、全うと思うものもある(自我親和的)。
妄想、幻聴、幻覚、抑うつ思考、強迫観念、不安、心配、etc.あらゆる認知的な困りごとはこの”思考の断片”と関連性があるというのが本書の主張です。
また逆に認知的な困りごとも、そう言った侵入思考を招き入れやすくなり、滞在しやすくなるような互いに影響を及ぼし合う関係のようです。
次にこころの病についての包括的な仮説が立てられています。
それは「それらの思考の断片が浮かぶこと自体はごく健康な事であるが、それらに引きずられて、心配したり、反芻したり、対処したり、うち消したりすることが、困りごとを招き寄せる」というものです。なんとなく、マインドフルネスっぽいと思ってたら、やっぱりその事にも言及がありました。
そしてそれらと関連する事象についてあれこれと各論が進んでいく(例えば全般性不安障害について、不眠症について、強迫性障害について、統合失調症についてなど)というのが本書の展開でした。
なるほどと納得するところとしては
・我々が集中して作業をしていても「気が散る」、「ふと別の事を考えてしまう」というのを「思考の侵入」という概念でうまく説明している事
・そのような「気が散る」、「ふと別の事を考えてしまう」が、本書を読んでいる最中にすごくたくさん起こるのでとても実感しやすい事(笑)
・それらの「思考の侵入」から「各種の困りごとな認知」、そして「各種の困りごと」に展開という考え方がわかりやすい
・限界を踏まえての論理展開という本書の姿勢がとても好感が持てる
うむむと納得いかないところとしては
・全ての前提となっている”侵入思考がノーマルである事”について、健常者とこころの困りごとを抱えた人で”量・頻度・質的な差”のある同一事象としているが、その前提が無根拠な事。
・認知心理学の言うところの推論のモデル・メカニズムがそもそも胡散臭い事(いかにも線形化の空論という感じ)
・侵入思考を”ただの侵入思考としてとらえる”という境地に人が達するとは思えない事(いかにも非人間的という感じ)
などがあります。
いずれにせよ、なかなか興味深い本だと思うので、治療者の方で理屈っぽい方はぜひ読んでみてください。
あるいは、臨床認知心理学について
お盆休みをいただいて少々空いた時間があった事もあって、前から読み返してみたいと思っていた「侵入思考」という本を読んでみました。
ブログに遊びに来てくれる小堀さんも訳に携わってる本のようです。
読んでいて思ったのは、これは”認知心理学”という考え方に近いな、いわば”臨床認知心理学”みたいなものかなという事でした。そんな言葉があるのか知りませんが、調べてみるとどうやらありそうです。
そういう意味では本書に書かれている事は同様に認知心理学の持つ優れた点が長所と、胡散臭い点が短所になっているとも言えます。
さて、侵入思考というものの見方ですが、本書に書かれている事はまず、ノーマライゼーションについてです。
「我々人間は日常生活を送るにあたって、種々雑多な思考の断片が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている」(雑念)
「それらの思考の断片が、現在遂行中の行為を妨害する、集中を途切れさせる事がある」(侵入思考)
という前提の元、それらの中には自分でも変だと思う(自我異和的)ものもあれば、全うと思うものもある(自我親和的)。
妄想、幻聴、幻覚、抑うつ思考、強迫観念、不安、心配、etc.あらゆる認知的な困りごとはこの”思考の断片”と関連性があるというのが本書の主張です。
また逆に認知的な困りごとも、そう言った侵入思考を招き入れやすくなり、滞在しやすくなるような互いに影響を及ぼし合う関係のようです。
次にこころの病についての包括的な仮説が立てられています。
それは「それらの思考の断片が浮かぶこと自体はごく健康な事であるが、それらに引きずられて、心配したり、反芻したり、対処したり、うち消したりすることが、困りごとを招き寄せる」というものです。なんとなく、マインドフルネスっぽいと思ってたら、やっぱりその事にも言及がありました。
そしてそれらと関連する事象についてあれこれと各論が進んでいく(例えば全般性不安障害について、不眠症について、強迫性障害について、統合失調症についてなど)というのが本書の展開でした。
なるほどと納得するところとしては
・我々が集中して作業をしていても「気が散る」、「ふと別の事を考えてしまう」というのを「思考の侵入」という概念でうまく説明している事
・そのような「気が散る」、「ふと別の事を考えてしまう」が、本書を読んでいる最中にすごくたくさん起こるのでとても実感しやすい事(笑)
・それらの「思考の侵入」から「各種の困りごとな認知」、そして「各種の困りごと」に展開という考え方がわかりやすい
・限界を踏まえての論理展開という本書の姿勢がとても好感が持てる
うむむと納得いかないところとしては
・全ての前提となっている”侵入思考がノーマルである事”について、健常者とこころの困りごとを抱えた人で”量・頻度・質的な差”のある同一事象としているが、その前提が無根拠な事。
・認知心理学の言うところの推論のモデル・メカニズムがそもそも胡散臭い事(いかにも線形化の空論という感じ)
・侵入思考を”ただの侵入思考としてとらえる”という境地に人が達するとは思えない事(いかにも非人間的という感じ)
などがあります。
いずれにせよ、なかなか興味深い本だと思うので、治療者の方で理屈っぽい方はぜひ読んでみてください。



こぼり on 08/19 2009-08-19 03:39
自分の訳した章「考えることは信じること」も、非常に理屈っぽくて苦戦しました。著者のKierin O'Connorは、Salkovskisに言わせると「分かりにくいヤツ」なんだそうです。しかしこの前の学会で会ってみると、とてもいい人でした。
Salkovskisは侵入思考のことをJunk Thoughtと表現しますが、「雑念」という日本語にすると、少しだけネガティブな意味合いが含まれてしまう気がします。座禅の影響でしょうかね(e.g.,「雑念を振り払う」)。
またOCDに関して言えば、誰かをホームに突き落としたくなるといったIntrusive Urgeや、赤ちゃんの目に針を刺すといったIntrusive Imageなど、思考以外の侵入も、実験的な研究ができるようになるといいなと思います。