06/13: 韓非子 典衣典冠

古典からまなぶメンタルヘルス

昔者、韓昭侯、酔而寝
典冠者見君之寒也
故加衣於君之上
覚寝而説、問左右曰「誰加衣者」
左右対曰「典冠」
君因兼罪典衣与典冠
其罪典衣、以為失其事也
其罪典冠、以為越其職也
非不悪寒也
以為、侵官之害、甚於寒

(現代語訳)
むかし、韓の昭侯が酔ったまま眠ってしまった。典冠(冠を世話する係)が主君の寒そうに寝ているのを見て、衣を君の上に掛けた。
(昭侯は)眠りから覚めて喜び、左右に仕える家来に、いったい誰が衣を掛けてくれたのかと質問した。左右の者は「それは典冠です」と答えた。
そこで、昭侯は典衣(衣を世話する係)と典冠とを両方とも処罰した。
典衣を処罰したのは、その職務上に手落ちがあったと考えたからである。
典冠を処罰したのは職域を越えたと考えたからである。
寒さを厭わなかったわけではない。官職を侵す弊害は、寒いこと(の弊害)よりも甚だしいと考えたのである。

**以上抜粋**

いきなり漢文でしかも「韓非子」なので戸惑われたかと思いますが、学生時代に学んだこの話が妙に思い出されました。
学んだときは「何を偏屈な事を言ってるんだこいつは・・・」と思いましたが。

燃え尽きるまで働く人は、ある意味「範」を越えて働いている。
自らの役職・ポジションを逸脱して、会社の将来、システムの不備、人事、給与体系、その他もろもろについてまで思いを巡らせて、イライラしたり落ち込んだりそのようなシステムの不備を何とかしなきゃとなっている気がします。
大地を支えるアトラスのように、その状況を切り盛りする事に自分の持てる以上のパワーを永続的に投入し続けてしまう。

それはしかし、典冠の過ちではなかろうかと思います。
管理は管理手当をもらっている人に任せておけばよいのであって、その手当をもらっていない限り所属の何もかもを管理する必要はないのです。

現代社会でそれを罰する人はいないわけですが、自分のやり過ぎを戒める昭侯をこころの中に飼っていてもいいのではないでしょうか。
投稿者: 西川公平
2009-06-13 13:11
カテゴリー: 古典

Comments

コメントはまだありません。

Add Comment

TrackBack

トラックバック

トラックバッックはありません。