02/04: 対人関係療法と、認知行動療法 〜その2

ほとんど施術する人が存在しない対人関係療法と、施術すると称する人が雨後の竹の子のように増殖中の認知行動療法との対比について書いてみます。

前に書いて忘れていた対人関係療法と、認知行動療法 〜その1を発見しました。多分似たような事書いているんだろうと思います。


対人関係療法は、認知行動療法からすると、一見「対人関係に関する認知や行動を扱うことに限定した、認知行動療法」に見えます。

対人関係療法は、「個人内の認知や行動ではなく、対人関係を扱うのだ」と主張しています。
しかし、認知行動療法からしてみれば“対人関係”はあたかも存在するようでいて、実際存在しないものであり、そのような“あるようでないもの“を扱うことを由とはしません。
ちょうど“無意識”もあるようでないものなので扱わないのと同じ理由です。

実際のところ、対人関係療法が「対人関係を扱う」として介入している様子は、対人関係に影響を及ぼすような個人の認知や行動を扱っている以上のものではありません。
逆に言えば、認知行動療法はずるいのであって、「個人の認知や行動を扱う」と言ってしまえば、まあそれはどの療法も全部そうでしょうよ・・・という風呂敷の広げ方をしています。

例えば摂食障害に困っている患者さんがいるとします。
認知行動療法ではその食行動に関わる認知や行動を直接扱うのに対して、対人関係療法では患者さんの重要な他者との関係を中心に、その他人間関係を扱うので、異なっている」という説明を、対人関係療法家が認知行動療法と比較するときに、よく使うのを見ます。
これは認知行動療法に対する誤解に基づく見解だろうと思います。
認知行動療法では、摂食障害の患者さんが持っている困りごとのうち、食に関する認知や行動を扱うことも可能だし、家族との関係に関する認知や行動を扱うことも可能です。
何に介入するかは患者さんの全体的なアセスメントに基づいて、相談しながら介入箇所を決定するという共同経験主義に依って決定されます。
つまり認知行動療法においては、アプリオリに食行動に介入することもなければ、対人関係に介入することもありません。
これは認知行動療法が「テーゼなき治療法」であることから来ています。

ここが対人関係療法との最大の違いです。

対人関係療法には、「目指すべき理想のあり方」というものがあります。
あまり詳しくはないですが、「重要な他人とお互い良い感じの関係になっておいて、そうでない他人とはそこそこにしておけば万事OK」というあり方です。
一方の認知行動療法にはなんの目指すべき状態もありません。
日常生活が若干ずつマシになっていくようアレコレ試すというのがその本質であり、全てです。

さて、概念的にはそんなふうに違うとして、実際の臨床ではどう違うんでしょう?
私は対人関係療法の臨床場面を目の当たりにしたことがありませんので、向こうのことは知りません。

一方で認知行動療法を行なっている時に、「対人関係に関する認知や行動」を扱う事は、どれぐらいあるのか・・・。

うーん、どんな困りごとでいらっしゃったとしても、少なくとも面接の開始から終了までに、対人関係がらみのことを全く扱わずに済む患者さんは、ほとんど存在しませんね。

それはなぜかというと、認知や行動を形成する上でひとつの基盤となる“強化子”が、対人関係に依拠するものである事が多いからです。
「人はパンのみにて生くるにあらず」と言いますが、大方は周囲に承認されること(または承認されないこと)がパワフルな影響を持っている事が多いです。
別に前提ではないのですが、結果として何が影響を及ぼすかを調べてみると対人関係であることが多いというわけです。

更に、一歩踏み込んで、これは、全くの想像に過ぎませんが、どんな人が認知行動療法に向いていて、どんな人が対人関係療法に向いているのでしょうか?

・・・うーん、あれこれ考えてみましたが、結局のところその二つの療法を選択できる状況にあるという事は、現代の日本において現実的ではないので、やめておきます。
投稿者: 西川公平
2013-02-04 17:31
カテゴリー: テクニック

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