12/14: ポストソリューション&オープンダイアログ、アンティシペーションの研修会に参加して②

さて、やってきましたNagoya Connect & Share オフィス。私はひそかに他の開業心理カウンセラーの巣を訪れるのが好きである。「お宅の心理オフィス拝見」みたいなノリで。できればできるだけたくさん、あちこち行ってみたいと思っている。

集まった参加者は、全然知らない人1/2、幾らか知ってる人1/4、それなりに知っている人1/4ぐらいな感じ。2日間よろしくお願いしますだわ。
東京から長沼さんがSkypeでConnect & Shareを試みているのが、なかなか面白かった。

白木先生からの、「もうこんなの分かってるでしょ、早く実習いっちゃおうね」的な割と雑なレクチャーが20分ほどあって、まずはワーク、そしてワーク、さらにワーク。
ワークにおいて、クライアント役は自分自身のことを語ることになっている。とはいえ、「この研修に参加する経緯」とか、「期待すること」とか、そんな感じのことを語る。
セラピスト役はあらかじめ定められたフレーズでしか話しかけることができない。うーん、左ハンドルの車を運転するような、もどかしいような、窮屈なような体験(運転したこと無いけど)。
まあでも、自分で言うのもなんだけど、小器用なので、なんとなくそれっぽい感じにしてみる。
でも、皆やりながら、これで合ってるのかどうかが良く判んないという事で、部屋をウロウロしている白木先生に「これで合ってるんですか?」的な視線を送ったり、白木先生が「そんなこと言わなくてもいいんだよ」とか、ワーク中のフォローが入ったりする。
そーか。2グループぐらいだと、結構目が行き届くから、そんなのもできるんだな。

あとは、「どんな態度で、どんな姿勢で、どんな向きで」話を聞いててもらいたいのか、セラピストに対してクライアントがずーっといちゃもん(注文)をつけるという面白いワークもした。ワンダウンポジションじゃないけど、こんなのもいいですね。

さて、リフレクティングのワーク。これは参加にあたって楽しみにしていたものの一つ。いったいどういう事が起こるのか、わくわくする。
仕組みとしては、(クライアントが話す←→セラピストが話す)という事がしばし繰り返された後に、セラピストチームがこれまでの会話について話す(ただし作戦会議ではなく、あくまで私的に思いを述べる)。それをクライアントが観て、その会話についてクライアントがセラピストチームにフィードバックするというもの。

やってみて思ったのは、セラピストチームの三人は同じ会話に参加しているはずなのに、でそれぞれが思っていることは全然違う。例えば、ほかの二人は「話が進んでいる・展開している」と感じている場面で、私は「話が停滞している・堂々巡りになっている」と感じたりしてて、ズレてる。
でも、チームの話の中で、クライアントさんにとってよさげな部分だけ使用してもらえるので、何というかセラピスト達からの害が少ない感じ。
「問題―解決」みたいなやりとりからは程遠い、さりとて問題を感じるクライアントから離れるわけではない会話は、ねっとりと重たくなる。でも、リフレクティングが入ると双方ともに息抜きができる。むしろあのねっとりとした重たさが、いっそ曝露として機能してるんじゃないかと思えるぐらい。
そんなねっとりとフィードバックを交互に入れつつ喋っていると、変に押したり引いたりしなくてもことなしにクライアントの話が展開していくこととなる。

参加者の梶原さんが「クライアントさんが真っ当に悩むことができるように手助けしているような」と評してたけど、上手いこと言う。

うーん、これは何だろう。
まあ、認知療法なんかでも、自動思考を抽出してもらうためのソクラテスの質問みたいなことをして、それは無知の知じゃないけれど、とくに「こんな考えを出してもらおう」って想定なしに聞くことには一応なっている。
その後の反論を出してもらう時も、ソクラテスの質問をまた投げて、やはりクライアントの好きに出してもらうことになっているのだが、前者においても、後者においても多分に誘導臭い。
少なくともセラピストはクライアントに「認知療法のセオリーに従って良くなれ」という命令を出しているかのようだ。

それはさておき、自動思考は、その場面におけるHotな思考がちゃんと出るまで抽出し続けることになるが、「んー、まだ出てないなー」みたいな感覚があれば、もうちょっと喋ってもらおうとするし、「こんなもんかなー」と思えば次に行くことになるんだけど、そのセラピストの持つ「語られるべきが語られた感」みたいなあやふやな感覚に準拠して進んでいくことになる。

で、オープンダイアログの場合は、認知療法のそれとは違って、語る中に「次に行く先」のようなものはない。
ただ語ってもらい、語りについて語ってもらい、語る経緯について語ってもらい、語りについて語る自分について語ってもらう。
ありていに言って煮詰まることが必然な会話だとも言える。

で、語る中には特段次の所はないが、リフレクティングという次の所はあるので、クライアントはそこに腰かけて、「自分の語りに対する自分の語り」に対するセラピストたちの語りを眺める形で、語られたものと距離を取ることが起こってくる。
それに並行して、さっき語った自分の語りと、いま語られている他人の語りを材料に、先ほどまでねっとりして重たかった自分とセラピストの対話が、もうちょっと違う感じに自分の中で展開していったりなんかする。

んー、これなんとなく、認知再構成で言えば、最初の対話で自動思考めいたものが出るようになっていて、反論に当たる部分をリフレクティングが担っているけど、それを聞いたり、フィードバックしたりした時に起こるのが合理的思考になるってこと?それとどこが違うんだろう?

まあ心理療法なんて、須らくそうなるべしって感じなのかもしれないけれども、幾らか違いがあるとすれば、オープンダイアログにおいてセラピストは、クライアントに対してより私人としての興味関心を向けている気がする。
私人ってのも、その言い方で良いのかわからないけれど、ロジャースの言う自己一致ではないが、どこかの結論に持っていく責任を持っていない。
専門家として“語る空間の管理人”であっても、ゴールに導く人って感じではない。

さて、私事を言えば、私のセラピーは「高速の寄せ」みたいに、攻め攻めな印象があるかもしれないのですが、本当の所どっちかと言えば言葉の捌きが危なげないと言うか、防御力が高いと言うか、そっちの方がチャームポイントだと常々思っているのです(誰からも言われないですが)。
同じように、私がたくさん喋るセラピーという印象もあるのかもしれないですが、むしろクライアントさんに気持ち良く喋ってもらう方が好きなのです。
とある陪席していたセラピストさんが、この人はそのクライアントさんと日ごろ接している方ですが、「私がいつもクライアントさんと喋っている時には、全くの雑談に過ぎない話をしているのに、西川さんが喋った時には、クライアントさんは教科書を読んでいるかのように自分の病気について説明をし始め、続けて教科書を読んでいるかのように“どうしたら自分が治っていくのか”について述べ出した。普段の私との会話とまるで違うことから、西川さんが何かをしているのだと思うけれど、全く何をしているのか分からない」と感想を言って貰ったことがあります。

で、それは何をしているのかと説明せよと言われると、そこを説明することは中々に難しい。

以前私の模擬面接を見た杉山雅彦さんに、「『クライアントの発話というオペラント行動が、面接が進むにつれ、どんどん増大していっている』という操作についてこそ模擬面接の説明として十分になされるべきだ」と指摘して貰ったことがあるけど、まあその操作は恐ろしく細かくて多くてマニアックなので、見て分からんのに言っても分からんだろうと思って、いつも省いちゃう。
試合で言えば、どうシュートしたかの方が目立ってるし、説明もしやすいけど、人々が分からないのはゴール前までの運び方だったりするので、今回のような研修をCBTバージョンでやっても面白いかもしれない。

あー、なんだか妙な自慢が入ってるみたいな話で混乱してきましたが、要するに私は「クライアントさんに、必要なことを、存分に語ってもらう上では、割と仕事が丁寧」な方なのです。


で、オープンダイアログですよ。

セラピーの最初の方で「停滞無く、スムーズに、順序良く、思いの丈を喋ってもらう」という事は、その後に認知行動療法を施術していく上で必要な情報源となってます。喋ってもらう時は、存分に喋ってもらおうと思っているだけで、「何を喋らせよう」とか「アレを言わそう」とか思っていないことは確か。
でも、オープンダイアログ的には、その前者のお喋りだけで、後者の介入とか無くても、もう十分なんじゃない?というのがスタンスなのです。

うーん、どうだろう。
そうかも・・・と思う節は幾らでもあげられる。

例えば、クライアントさんから、「**という事を自分で喋れて気づく事が出来て、整理できたのが良かった」みたいな感想を頂くことはままある。
例えば、認知療法で、自動思考が十分に出し切れていれば、その後どうこう操作することもなく、それで認知が再構成されることもままある。
アネクドートみたいな私的文脈がセラピーの閉塞に風穴を開けてくれることにも遭遇する。


まあでも、違うかもと思う節も、当然幾らか無くはない。


少なくともオープンダイアログセンターではないCBTセンターで、クライアントさんが希望しないことをするわけにはいかない。
オープンダイアログという新しいおもちゃを試したいのは、セラピストであって、クライアントではない。

とはいえ、これはスーパーバイズなんかでは使えるのではないだろうか?とも思っている。そもそものワンウェイミラーもリフレクティングも、どこかにそこはかとなく教育的文脈が漂ってるんじゃないかと思える。

取り留めが無くなってきたので、オチもなく終えます。

オープンダイアログの終わりもこんな感じで、別に結論を出したり、課題を出したりせず、思ったことをそれぞれが言って終わる感じなので。

などとオチをつける必要はありませんでしたが、そんなところで。
白木先生、参加者の皆さま、2日間ありがとうございました。

要するに、楽しい研修でした。
投稿者: 西川公平
2016-12-14 01:08

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