07/03: 久野能弘先生を囲む会

偉大なる先生の臨床デビュー記念に参加してきました。
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先日関西学院大学で行われた「久野能弘先生を囲む会」に参加させてもらいました。

おそらく参加者の中で最も関係が若いと思いますが、そのような私にもお声かけいただき、感謝感激です。急な申し出でありながら受け入れていただき、かつ主宰していただいた米山先生にも多謝です。

壇上では色々な方が久野先生との出会いや応答のエピソードを披露(暴露?)されていました。なかなかに面白い久野先生の生きざまが表れていたのではないかと思います。
おもえば私と久野先生との出会いは、2年ぐらい前に行動療法学会の喫煙所でいろいろな発表に毒を吐いている時、ちょうど横にいたところから始まっています。
久野先生は行動療法学会では珍しく臨床をされる方なので、いろいろと教えてもらうことが多かったです。特に「私は精神分析の人間でもケースを沢山持っている人間のことは認めている」とおっしゃっていたのが印象に残っています。

さて、現在はおそらく日本が始まって以来の「認知行動療法ブーム」です。
しかし久野先生の時代は、まったくそのようなことはありませんでした。むしろ「行動療法氷河期」であったと言えます。
あらゆる被差別を受ける人種の中に「行動療法家」というのが入っていたといっても過言ではなく、「私は行動療法をしている」と言おうものなら、眉をひそめられ、つばを吐かれ、石を投げられる時代でした。
普通の人間ならば心がへし折れるような逆風の中で、牙を剥き、吠え、踏ん張ってこられた久野先生はまさに一廉のお方です。
しかも久野先生は臨床を多く持っておられます。実は大学教官という仕事はその性質上まったく臨床を持つ必要性のない職業です。むしろ持てば持つほど論文や教育など雑多な作業ができず、他の教官からは嫌みを言われ、立場が危うくなる危険な趣味であると言えるでしょう。大学教官にとってケースを持つことは自分の出世コースを犠牲にした愚かな振る舞いなのです。それは行動療法や認知療法の世界でも同じです。
それもまた久野先生の偏屈が、多くのケースを持たせることになります。そうして普通の大学教授がもちえない臨床の技術を持ち、出世の本流から全く外れた稀有なというか、奇異なというか、何とも言えない存在として煙たがられることになります。

さてそんな久野先生が、この度面倒の多い大学を辞し、晴れて一臨床家としてデビューされたことは、大変めでたいことだと思います。今後の益々のご発展をお祈りして、祝辞とさせてもらいます。
投稿者: 西川公平
2007-07-03 00:38
カテゴリー: 久野語録

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