うつ病

ネガティブな考えを折衷する(思考折衷法)

ネガティブな考えは、しばしばそれ自体が脅威です。
つまり「私はこんなネガティブな考えをしてしまう人間なのだ」という、あまり認めたくない自分を目の当たりにすることになります。
それゆえに、そのような考えを見ないように/考えないようにするという「思考の回避、抑制」ということが起こってきます。

ところが、文学的に言えば、そのようなネガティブな考えも自分の大事な分身なのです。
そのようなネガティブな考えを抱く自分であっても、そんな自分をそれなりに受け入れていく必要があります。

ややこしいのですが、ここには”ポジティブシンキングの落とし穴”が存在しています。
すなわち、「ポジティブに考えられる自分は”良い自分”だから受け入れられるけど、ネガティブに考える”自分はダメ”だから受け入れない」ということを続けていても、永遠にココロが休まらないのです。

認知療法の間違った解釈に「ネガティブな考えを叩き潰して、ポジティブな考え一色に塗りつぶす治療」というものがありますが、残念ながらそれは「こんなダメな考えを抱いてしまうダメな自分」という一層のネガティブな気持ちを抱かせることになります。

そんなわけで、そこそこポジティブでもネガティブでもある自分を受け入れていく作業が必要になってきます。
しかし、純粋にネガティブな考えというものはさすがに受け入れがたいので、そのネガティブさをすこし他の考え方で中和して、まだしも口当たりの良いものにしていく必要があります。それが思考の折衷作業です。

思考の折衷作業は、もっとも単純なやり方では「両論併記」というものがあります。
これは日本語が得意とする”玉虫色”の表現方法です。
「妻がイライラしたのは私のせいだ」+「妻がイライラしたのは仕事が忙しいからだ」
⇒「妻は私のことでイライラしているかもしれないし、仕事のことでイライラしているかもしれない」とか、
⇒「妻は私のことや、仕事のことや、その他色々気をもむことが多い」

「妻をイライラさせている」と主観的に考えている人間が、「いや、妻のイライラは仕事のせいだ」と思いこもうとしても、無理な事は理解できると思います。
かといって、「私は妻をイライラさせる人間である」ことを受け入れることも、非常に難しいことです。
思考を折衷することで、「まあそれなら何とか受け入れられる」レベルになれば、その思考がもたらしていた気分(この場合はおそらく罪悪感)が少し軽減されることとなります。

この思考の折衷作業はそれなりに難しく、折衷ではなくただの反論になってしまうことが多いです。
なかなか「ネガティブな思考の言い分の方も聞いてやる」という事がコツとしてつかめるまでには時間がかかります。

ここでは「思考折衷法」としていますが、本質的には「思考受容」なのです。そのままでは受容しづらいものを受容していくための技法として、折衷があるのだと思ってください。
イメージ的には「青汁にはちみつが入ったら飲みやすい」といった感じでしょうか。飲んだことがないのでわかりませんが、そんな感じです。

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