06/12: 【思考の】認知療法・論理療法 2【筋トレ】 について その1

2ちゃんねるの認知行動療法関連スレについてあれこれつぶやく。現在1〜140

Q1、認知療法で直すか治らないかは症状の軽重よりも本人の意思の強さで決まるんじゃないかな。
A1、「意思」という言葉は、レッテルでは無いでしょうか?
「コラムをかけなかった」や「外出できなかった」は具体的な個々の状況ですが、「意志が弱い」とすると、とたんに解決が難しくなる気がします。
また「意志」は下手をすると治療者に有利に働く気がします。つまり「治らないのは意思が弱いせいだ」とすれば、治療者の失敗がなくなります。ソーシャルスキルという概念もそうですが、より瑣末なレベルで説明でき、改善できることを高次の抽象的な問題のせいにすると、良いアイデアが出なくなる気がします。

Q2、うつ病の治療では、うつ病が軽度で、性格の偏りや未熟さ、あるいは何事もネガティブに考える傾向が影響を与えていると思われるとき、**中略**「認知療法」が効果的な場合があります。
A2、今日の疾患分類ではうつ病は症状によって分類されており、なにか想像上の原因によって分類する事は無いです。もし性格の偏りや未熟さなどがあるとしたら、それはうつ病の結果である可能性があります。うつ病は人間を「人見知りにさせ、幼稚臭くさせ、性格を偏らせ、対人関係を減らし、怒りっぽくさせ、つまらない事にこだわらせ、やる気をなくさせ」る病気です。

Q3、アルバートエリスは、気分を治そうとしてはいけない。と語る。
A3、どこでどういってたのかは知りませんが、そうだと思います。状況・気分・身体・思考・行動の中で、我々にコントロールの可能性があるのは思考と行動だけです。ネガティブな気分や身体症状は、結果として変化するものであって、直接扱える類のものでは無いと思います。しかし気分の変化こそが目標だというのが、面映ゆいところです。

Q4、認知療法は不正な認知に逐一修正を加えてゆくという方法ですが、認知療法自体が善悪良不良プラスマイナスという二元論的な論理に基づいて修正を行うという方法そのものに矛盾が生じていると思うのですが。
また何を正しい定義とするのかを常に意識的に更新しつづけねばならない必要に駆られるところにさらなる燃え尽きの可能性があると思うのですが。
A4、認知療法は自分の「いけ好かない認知をしらみつぶしに無くす」というものではありません。その部分に言及している教科書は少なく、そう思わせたのであれば著者の責任です。その誤解は利用者さんのみならず、治療初学者にもあると思います。
カウンセリング全体を通して、変更を試みる認知や行動は指折り数えられる程度で、あとは汎化で何とかなります。
我々治療者が「この認知/行動を取り上げて扱おう」といかなる理由に基づいて選択しているか、上手く説明はできません。そのヒトの生活に与える影響とか、扱いやすさ/焦点化のしやすさとか、動機の向く方向とか、正直なんとなくやっています。何度かカウンセリングを重ねた方が、なにを取り扱うべきかよりはっきり判ってきます。
認知の変更については正誤で行うとしんどいと思います。苦楽の方が良いでしょう。ぱっとしない考え方や行動をしてしまう自分を受容できたらそれが近道だと思います

Q5、精神科やセラピストとクライエントの関係に本心というものは存在しないと考えた方がいい。クライエントを前にした彼らは一挙手一投足に至るまで治療的なのだ。&医者がただの人じゃこまるよ
A5、それなりに本心というものは存在します。普通のショップの店員と客の関係でも、多少のリップサービスはするでしょうが、多少本心も言います。その程度です。誰かの発言が必ず本心だったり、必ず虚言だったりしたら変ですよね。
また医者もカウンセラーもただの人です。疲れているであろう金曜日の夕方とかは避けて、週中ごろの午前中ぐらいが調子いいのでは無いでしょうか。
投稿者: 西川公平
2007-06-12 19:01
カテゴリー: 2ちゃんねる

Comments

コメントはまだありません。

Add Comment

TrackBack

トラックバック

トラックバッックはありません。