2008/02/07: 脳脊髄液減少症(低髄液圧症候群)

痛みのデパートと言われる病気

普通「こころの病」と言った時は、基本的には診断に際しMRIやCTや脳波、胃カメラなどによる異常所見など客観的データが存在しない、機能性障害である事がベースになっている。
これらの異常所見(たとえば脳波異常や、脳梁の委縮など)があった場合は、身体疾患として扱われるのが妥当なところで、それらの検査なしにはこころの病かどうかを診断する事は出来ない。これを除外診断という。

たとえば甲状腺機能障害がある人は、うつ病やパニック障害と似たような精神症状を呈するので、甲状腺機能の検査をすることなしに、それらの診断はできないという感じだ。
特に生理的な検査ができないカウンセリングルームにおいては、そのような精神疾患に見せかけた身体疾患について、知識が豊富にあるに越したことはない。

さて、「脳脊髄液減少症」という、その名のとおり髄液が減少してしまうとされる病気がある。
病気の症状を詳しく書くと、

第一の症状は「痛み」で、初期は特に立っている時の頭痛が激しく、横になると15分ぐらいでマシになる。この頭痛の種類は様々だが、痛み止めなどのお薬が効きにくいとなっている。頭痛以外にも頚部痛、背部痛、腰痛、手足の痛みなど、とにかく体のあちこちが痛くなるそうで、多くの患者さんは頚部、肩、背部の筋肉が硬直していると言われている。

第二の症状は「脳神経症状」。特に聴覚に関連した症状が多く、耳鳴り、聴覚過敏、めまい、ふらつきなどでメニエール病や特発性難聴などと診断されることもある。
次に多いのは目に関連した症状で、ピントが合わない、光がまぶしい、視野に黒い点や光が飛ぶ、視力が急に低下した、物が2重に見えるなどの症状がある。
そのほか顔面痛、しびれ、歯痛、顎関節症があったり、能面のように無表情になる、顔面痙攣、唾液や涙が出にくいなどの症状がでる。そのほか嚥下障害、声が出にくい、味覚・嗅覚異常もみられるそうだ。

第三の症状は「自律神経症状」で、微熱、体温調整障害、動悸、呼吸困難、胃腸障害、頻尿などの症状がでる。胃腸症状では胃食道逆流症、頑固な便秘が多くみられる。いわゆる更年期障害に症状が一致するのでそのように診断されることがしばしばです。

第四の症状は「軽い高次脳機能障害」で脳損傷の患者さんほど症状は強くないにせよ、仕事や家庭生活を営むうえで大変不自由。話した内容を忘れる、読んだ本の内容を覚えられない、忘れ物が多くなるなどの記憶障害があったり、思考力、集中力の低下(いつも頭がボーっとする)うつや無気力もよく見られる症状だそうだ。

第五の症状は、雑多な症状で、倦怠感、易疲労感、睡眠障害、免疫異常により風邪をひきやすくなる、アトピーの悪化、内分泌機能異常として性欲低下、月経異常、子宮内膜症の悪化などの症状がある。

上記のように、脳脊髄液減少症は多数の症状の組み合わせであり、不定愁訴的にとられることが多い。見た目に変化が無いので周囲に理解してもらえないず苦しいということは、精神疾患同様だろう。

この病気は精神疾患と原因も違えば、プロセスも違い、検査法も治療法も異なっている。似ているのは症状だけだ。
造影剤を使ってMRIを撮る、アイソトープを入れて髄液の漏れを測るなどが検査で、治療法は髄液を正常量に戻す治療(漏れているのであればふさぎ、足りないのであれば付け足すなど)が行われている。
治療法があって、治療率も悪くないと言うのが宣伝文句だ。

さて、この治療には、保険が効かない。検査や治療を受けようとすると、自由診療と言うことで高額の医療費が必要になる。

つぎに「本当にそんな病気があるのか?」についても、「本当にそんな病気があるとして本当にそんな治療法が効くと言う根拠があるのか」についても、疑わしい。
私は心理士なので、生理学的な知見については調べたとしても本当の意味は判らない。
しかし、それらがよくある似非診断と同じ文脈(コンテキスト)を持っていることについては、間違いない。

つまり、
1、今まで数々の症状があった。生活が苦しかった。
2、**病と思って治療していたor原因不明と言われていた。
3、最新の機器で分かるようになった、新しい病気だわかった。
4、実は##だった。
5、それらの治療を行ったら、みるみるうちに色々な症状が取れた。
6、高額な医療費がかかった。
7、医者は物を知らない、厚生労働省はイケてない。
という文脈は、本当によくある。
しかしそれは、4が祖先のたたりで、6がお布施だとすれば宗教の文脈だ。


なにも脳脊髄液減少症の存在を否定したいわけではないが、肯定するに足るデータが十分で無い事が、つまり保険診療になっていないという事なのだろう。

またいわゆる疼痛性障害や、うつ病による痛みの閾値の低下、あるいは自らを精神疾患だとは思いたくない人々にとっては、お金さえ出せば身体疾患的な病名をGetできると言うことで、飛びつく人も多いのではないかと思う。

結局のところそれらの診断については心理士の範疇ではなく、「除外診断」という一言に尽きる。
つまり精神科や心療内科で当然身体疾患である可能性を除外診断しているゆえに、それは身体疾患ではなく精神疾患なのであろうと、信頼しているといってもいい。

ときどき「意識消失する事が多いので心療内科に行ったらパニック障害と言われました。何年も病院にかかっているけど治らないのでカウンセリングに来ました。生理的な検査はこれまで一度も受けていません」みたいな人がいるけど、うーん・・・・参った、という感じ。

また逆に「これまで脳神経外科、循環器科、胃腸科、泌尿器科、耳鼻科、内科、とあらゆる診療科を巡り歩いて、MRIもCTも脳波も含めあらゆる検査を何十回と取っています。精神科だけは行かず、精神科の薬は絶対飲みたくありません」みたいな人がいるけど、それもなあ・・・・と言う感じです。
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投稿者: 西川公平
2008-02-07 16:05
カテゴリー: 様々な困りごと

Comments

ちー on 2008/02/09 2008-02-09 02:08

こんばんは
お世話になっている福井の新米心理士です。
コメント欄あるし,支障はないのかしらぁ〜と思い…おじゃまします。

>特に…精神疾患に見せかけた身体疾患についての知識が豊富にあるに越したことはない。
同感です。
私が席置くクリニックは,内科・循環器科etcあるため,生理的な検査はばっちりなわけで。冬の寒い中,気力低下している利用者さんに「他の病院で検査して来てね」と二度手間取らせることなく,同じ院内で検査ok。ここのいいところだなぁと日頃から思っています。
神経心理学的な検査無いまま,失神→パニック障害…イケてない。。
他科のショッピングを長年。でも精神科だけは嫌…他の職場でよくお会いしますこのような方。抵抗の強さが,またその人らしさなんでしょうけど。“何がなんでも行きたくなさ”を丁寧に聴き取った上で,受診をお勧めしています。
しかし,いろんな病気がありますね。発作ひとつとってもいろいろ。また水頭症とかも,無知でいるのはよろしくないなと。一見すると精神疾患?と疑いたくなる内科的な病気&症状を見聞きするたび,他科連携・除外診断の大切さを感じます。

自律神経失調症って病名は,よく分からない。単に,除外診断難しいからつけとけ〜,便宜的にこれでくるんでしまえ〜みたいに感じることあるのですが。
なんてことは無いコメントでしたm(_ _)m
失礼しました。

gestaltgeseltz on 2008/02/12 2008-02-12 21:28

>ちーさん
コメントありがとうございます。
ちーさんが席置く病院で実際のところ、うつ病だということで長らく治療していたけど、検査の結果脳脊髄液減少症だと判明して、治療方針を変えた患者さんっているのですか?

ちー on 2008/02/18 2008-02-18 00:35

こんばんは
うつ病での長期治療,結果的に脳脊髄液減少症だった患者さんは→いらっしゃいませんが(・ω・)
ある患者さんの内科診察で,慢性的な頭痛・睡眠障害・聴覚関連症状の多さからメニエールか否か,複雑な家族歴もあいまってストレス性の何かとの疑いもあり …心療内科も利用した方が?との話になりかけたようですが… 結局は,激しい各種の痛みの持続&鞭打ちの体験もあったことから,総合病院脳外科?にリファーしたようです。
後日,脳の中の何かの液が減るとか漏れるとか増えないとかによってもいろんな症状があるんだと耳に挟み。先生のこのブログを読ませて頂いて,これのことだったのかな…と思いました(^^;)

ゆめ on 2009/02/13 2009-02-13 21:07

はじめまして。

この記事は、熱海病院のHPhttp://atami.iuhw.ac.jp/shinryou/nogeka/gensyo1.htmlから引用されたようですが、

脳脊髄液減少症の高次脳機能障害は決して軽くはないです。

ただ、脳外傷の方に比べ、「治る」ということと、
脳に傷がある方と比べれば、症状に波があり、一定ではなく、
正常に近いこともあるため、「軽い」と思われやすいが
実態は、けっこう深刻なんです。

それから患者の多くは、一度は精神疾患と間違われています。

脳脊髄液の減少は、二次的に、精神状態を悪化させたり、不安定にさせたりします。
私も何度か記事に書きましたが、
社会不安障害、パニック障害そっくりの症状もでます。

つまり、脳脊髄液漏れを止めることで、脳が正常な状態になれば、そういう精神症状も改善する可能性もあるってことです。

いくら内科、循環器科などあっても、脳脊髄液減少症の知識のない医師がいくら除外診断をしようとしても、見落とします。

MRIでは映らず
RIでのみ映る漏れもあります。

脳外科医でも、読映力がある医師でないと、見落とします。
うつ病と思われ長期治療、その後脳脊髄液減少症患者が

ここにひとりいますよ。ほかにも大勢いるはずです。
体験者の声にどうか耳を傾けてください。

gestaltgeseltz on 2009/02/14 2009-02-14 00:05

>ゆめさん

コメントありがとうございます。
ちょうど椎間板が飛び出すことが腰痛の原因であるのか正確なところは怪しいように、脳脊髄液が減少していることが生活の不便をもたらす原因なのかは目下のところ不明です。
いずれ科学的知見が蓄積されて「脳脊髄液減少症」という障害が存在すると認定されれば議論も深まりを見せるでしょうね。

さりとてそれは、苦しい思いをしている人の苦しみを否定するものではありませんが。

まま on 2016/11/04 2016-11-04 11:51

確かに、おっしゃるとおり、腰痛の原因が椎間板ヘルニアでない可能背は十分あるんですよね。

一方で、首や頭が痛くてしかたなくても、頸椎ヘルニアでないと、生理的な理由を否定されるんです。

おかしくないですか?

ヘルニアが腰痛とは関係ないかもしれないのに。

一般的な医者の言うことは矛盾だらけです。
確かに、体調不良が脳脊髄液減少症にのみ起因するとは限らないと思います。

ただ、あなたのおっしゃってることも一般的な医者と同じではありませんか?

「さりとてそれは、苦しい思いをしている人の苦しみを否定するものではあり ませんが。」

私は心理学者ではありませんが、この最後の「が」に、あなたの、患者の苦しみへの無関心さを感じました。
ちなみに、今年、脳脊髄液が漏れている場合の保険適用ははじまりましたよ。

gestaltgeseltz on 2016/11/05 2016-11-05 16:57

>ままさん

痛みとは、生理的な理由and/or心理的な理由and/or社会的な理由から生じるものであり、生理的な理由を否定されることが特におかしい事とは思いません。

逆に、生理的な理由なく痛みを訴えることが、そんなにおかしい事でしょうか?

なかなか生理的な事柄と、現象との間には深くて暗い溝があるものです。
例えば認知症をとってみても、「こんなに脳が委縮していたら、さすがに認知症を発症しているだろう」というような萎縮の激しい方でも、全く健康であられたり、逆に何の脳委縮もみられないのに、認知症の方もいらっしゃいます。

つまり、医者の言っていることに矛盾があるのではなく、この世は矛盾にあふれているのです。

そんな中で「が」という言葉から色々感じ入ってしまうような心理的作用によって、同様にあれこれ感じ入ってしまって生きづらくなる部分を扱うことが、心理士の仕事だと思います。

客観的な確からしさがあやふやなままで、保険適用が始まるところなんかも、まさしく矛盾していることの一つの側面だと思います。

ゆかり on 2017/05/23 2017-05-23 17:33

世の中が矛盾に溢れているのではないと思います。
「これまでに解明されてきた病気や典型例に当て嵌まらないけれども症状を訴える患者がいて、現状ではその原因を解明出来ない」というだけではないでしょうか。

例に挙げられている「脳の萎縮が無い認知症」というのは「萎縮以外に原因があるのに現状では原因が分からない、しかし認知症の症状が出ているから認知症である」と診断されたのでは?
診断基準だの典型例だのは人間が勝手に決めたものです。
そんなものを通してしか物事を見られないから「矛盾に溢れている」と感じるのではないでしょうか。

狭い見解のつまらない自論をブログで垂れ流している暇があるのなら、脳脊髄液減少症についてもう少しお調べになっては如何でしょうか。
少し検索をかければ論文や講座の告知、症状について詳しく書かれているページがありますよ。
適当なページをコピーペーストしたような、あまりにも表面的な知識で否定をされていらっしゃるので、不快を通り越して哀れにすら思います。

せめて数冊は脳脊髄液減少症に書かれている本を読まれて、論文に目を通し講座のひとつにも参加されてから、確固たる根拠を示して否定頂きたいものです。
少なくとも「精神的なもの」という非常に曖昧で根拠のない病気にしてしまうようなものではないということくらいはご理解頂けると思いますよ。

gestaltgeseltz on 2017/05/23 2017-05-23 18:26

ゆかりさん

コメントありがとうございます。
元の記事が10年前のものなので、流石に情報の古さを感じますね。

とりあえず精神科の疾患は、原因が分からないだけではなく、疾患症状そのものも物理的に測定できないのです。
原因のわからなさは、他の科と似たり寄ったりです。

医学の世界に身を置いたことがあれば、精神科のみならず、ほとんどの科の病気は「現状ではその原因をたいして解明出来ない」のだと判ります。原因が分かるのはせいぜい感染症ぐらいなものです。
試しに、盲腸+原因で検索してみれば、原因が明確でないことが分かりますよ。

したがって「脳脊髄液減少症が根拠のある確かな病気で、精神科疾患が根拠のない曖昧な病気である」という、病気における上下関係を感じることはありません。
原因に関する根拠のなさ度合いについては、似たり寄ったりです。

ただ、脳脊髄液減少症を称される方々が「原因」というものにものすごい興味を持って熱心過ぎるという精神科的症状を呈されることについては、なんとなくわからなくもないです。
精神科疾患と一緒にされることに苦痛や屈辱を感じるという、患者さんの中にある偏見に、悲しみを覚えます。

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