2019/12/02: 第27回 産業ストレス学会in 大阪中之島中央公会堂参加記 西川

私はCBTセンターの傍らで、密かに産業カウンセリングなどもしているのだけれども、これまでの所あんまり産業系の学会に参加する機会はなかった。
産業系かつメンタルヘルス系学会と言えば、日本産業衛生学会、日本産業カウンセラー学会、日本産業ストレス学会、日本産業精神保健学会、日本産業・ 組織心理学会、日本精神衛生学会、日本うつ病リワーク協会、日本産業看護学会、日本産業保健師会、、、調べたら結構あるもんだなあ。産業衛生学会はデカいのか、地方会まである。
そんな折に、ふと近場で産業系の学会をやっているようなので、参加するかどうかは迷ったけれども、さるお方が「迷ったら、Goの精神」と言ってたので、近所でもあるし、ここらで一つぐらいは行ってみるかと前夜に思い立って、一日だけでも思い切って参加してみた。

 会場の中央公会堂はいかにも由緒がありそうな建物で、中洲に渡っていく橋の上から観ても見栄えが良い。古いドアが自動で開くのって、奇妙な感じ。中に入ると、公会堂だけあってか、とても天井が高い。聖歌とかも栄えそう。
 会場に入ると、当日参加者と、社労士参加者は2階です、とかアナウンスしている。そうか。社会保険労務士さんとかも来る学会なのか。たしかに垂れ幕にも副題として、産業ストレスと法 ~多職種の共同による予防法務の確立に向けて~と、法務に関する言及が入っている。
 メインシンポジウムにおけるディベート模擬裁判とかも面白そうと言うか、今までにない感じだ。これは期待ができる!大会長も法学部教授とか、法務の専門家が学会を回している一角なんだな。

 ちなみにプログラム(当日配られた)をパッと見たところ、認知行動療法に関する発表は皆無だ。認知行動療法というものは産業界ではあんまりらしい。でも本屋さんに行くと、結構な分量で認知行動療法の本があった。何のボタンのかけちがえだろう?もうそろそろCBTは飽きられつつあるのだろうか?

 そんなわけで、まずは午前のプログラムであるところの「不調者を生みにくい人材の採用と配置」というワークショップに出てみた。
 んー、なんというか、誰一人としてデータに基づいて話をしないんだな・・・。かと言って、法と判例に基づいているわけでもなく、全発表が感想文みたいなもんで、これはちょっとハズレというか、みんなの好き勝手なマスターベーションを見せられている気分。
 なかでも大学のセンセイが一番アホっぽいと言うか、最近の大学生に思うこと、みたいな心底くだらない感想文をダラダラ述べて終わった。流石に大学のセンセイぐらいは研究の成果ぐらい見せてくるんじゃないかと思ったのが、クオリティーを買いかぶりすぎた。
 これ以上いても仕方無さそうなので中座して、一般講演に向かう。ストレスチェックの集団分析の活かし方とか、楽しそうだ。

 一般講演は、「研修したら研修後のアンケート結果が好評だったから、この研修には効果があります」という感じの人も多数いれば、あー、かつて何らか研究したことが一応ある人なんだろうな、という人もいて、おしなべて科学とは呼べない代物だった。
 まあでも、多分学会発表すると言うだけでも、「すげえ、すげえ」という世界なんだろうから、あんまりどうこう言うのもややはしたないかと思ったけど、発表してコメント無いのとか寂しくない?と思って
、他の人が手を挙げないときだけ挙手してたら、結局ほとんどコメントすることになった。
 個人的には声の成分の分析を行って、うつがどうかを判定しようという試みが「産業感ある!」と思ったり、「プレコックス感の科学化?」とか思ったりして、面白かった。

 ランチョンセミナーは、事前申込みで参加できず、何なら懇親会も急な参加で無理だった。
 中洲とか川沿いで食うと雰囲気地代が高そうな気がしたので、ぶらぶらうろついて、適当な中華料理店で適当なチャーハンを食いつつ、昼からのプログラムに臨む。

 大会長の基調講演は、「メンタルヘルス問題解決のレシピ~ 6か国の比較法制度・学際研究を踏まえて~」というタイトルで、多国間の産業ストレス管理の比較検討に基づいて論を展開するなど、なかなかにマトモだ。しかも、労働衛生に関する各国の法が、実質的に労働衛生にどのようなアウトカムをもたらしているのかに注目して報告しているところとかが、もうなんか、めっちゃマトモだ。なんたる良識者!
 意外とそうなんだーと感心したのは、「ヨーロッパ各国ではメンタルヘルスの問題が発生しても労災にならない」ということ。アメリカでは労災になるけどそれも通常の職場のアクション(異動/転属、業務変更、昇進など)で不調になったとしても、それを労災と認めないらしい。
 どうも日本ではメンタルヘルスの問題と労災を結びつけるムーブメントが、ここ十数年一時的に強くなっていたけど、それは近年ちょっと揺り戻されている雰囲気にも感じた。
なんというか、演者は心理学者ではないので、データや研究の方法論はちょっとよく判らないけど、法とその実質的運用の観点から産業メンタルヘルスについて意見を述べていくという、なかなか聞かない正論を聴いた。
締めで「法令遵守をファーストにすることが最も大事なのではなくて、組織や個人の個性を諮って、それに対してコンプライアンスを調整していく発想の転換が必要で、それによって個人も組織も互いに健康な生を送れるようにすることが大事だ」とおっしゃっていて、なかなかに含蓄があるなと思った。理想論かもしれんけど。

さて、お楽しみのメインシンポジウムの模擬裁判。事例についての説明は、精神医学的に考えてちょっとどうかというようなものだったけれど、まあそれはさておき、模擬裁判なので、「みんなの主張は少々過激になります」という座長の宣言に会場が笑いとどよめきを示す。
ざっくり言うと、『主治医は復職OKと言ったのに、産業医がNGと言って、結局復職できずに退職となった事例』で、そのような行為が許されるかについての裁判だ。

精神科主治医の立場から、専属産業医の立場から、労働者側弁護士の立場から、使用者側弁護士の立場から、という4者の立場からディベートが行われる。最終的にはフロアで投票もされるらしい。なんて意欲的なプログラムだろう!

まずこの、精神科主治医の立場の人間が、懐かしの精神病理崩れな雰囲気で、今日的な診断ではまず無いことばかりを述べていた。この人がへんてこな事例概要を作ってるんだろうなと想像した。
うーん、どちらかというと主治医の治療的瑕疵(診断の間違いと投薬の間違い)が本人にも職場にも迷惑をかけていると思えるケースだなあ。・・・とか思ってたら、やっぱり対象関係論の人だったか。何でもかんでも人格障害にすると思った!
その辺の見解が違うので、主治医の話も、産業医の話もピンと来ないと言うか、あるかないか判らないパーソナリティー障害云々よりも、ムードスイングとその理由について、治療的な望ましさがどうあるべきかについて話ししてほしかった。
産業医は主治医が信用ならないと言うなら、セカンド・オピニオンで別の医師にかけてもらったら、復職はままならないにせよ20年来寛解させることもできずにいるポンコツ主治医から、ようやくクライアントが逃れることができるチャンスが生まれたかもしれない。

そしてこのへんてこな精神科医のへんてこな見解が、多くの聴衆に「専門家の正しい意見」と見なされて伝わっていくという辛さがたまらないな。

まあ、それはさておき、やはりというか、医者のディベートは下手くそだ。それに引き換え、弁護士二人のディベートはそれなりに聞かせる。法に基づいて物事を整理してみたり、色々な判例をもってきたり。なんせ話に説得力をもたせる努力がある。反対弁論とかも聴いてて興味深い。

 産業医の判断と主治医の判断が割れたときの、産業医の見解が優先された裁判判例が山のように出てきて、裁判の争点が「医師の診断書の“信用性”」にあるというのも、面白かった。
 近年は「主治医の診断書と本人の復職願いを退けて、職場の退職扱いを有効とした使用者側勝訴の判決が多い」とか、「攻撃性をもつクライアントを復職させることで職場における安全配慮ができない」みたいな主張も聞いたりして、暗澹たる気持ちになってみたり。
 いずれにせよ、精神医学については、産業界においても司法界においてもほとんど理解されておらず、あまり信頼もされていないということが分かった。
 とにかくも非常に白熱した議論がかわされて、良いプログラムであった。最後フロアの挙手による投票も、ほとんど同数で、引き分けとなったのも納得の行くところである。

 さて、最後は基調講演&市民公開講座ということで「AI時代に問う:人間とは何か、人間にとって発達とは何か」という話を霊長類研究の先生がされた。AI&人間&霊長類とか、パワーワードが並んでいる!
 聞いてみたが、、、、、うーん、何この感じ?お店のメニューがハイパーレアリズム的に書いてあって、美味しそうだと思って頼んだら、詐欺みたいなご飯出てきたときの感じかな。データには基づいているような雰囲気なんだけど、論の建て方がというか、論が建ってないと言うか、、、。

 まあ、そんなわけで全てのプログラムを終了して、知り合いの弁護士さんと飯を食いつつ、弁護士から見た精神医学についてご示唆いただきつつ、歓談した。

 翌日のプログラムも面白そうなんだけれども、流石に学会行き過ぎて本業が詰まり過ぎて行けない。残念。

 産業カウンセリング学会とは、総じて言えば産業界におけるメンタルヘルスを科学的に考える学会とか、産業界におけるメンタルヘルスの問題への有効・効率的な治療を考える会ではない。
 産業医とか産業看護師とか社労士とかがカジュアルにポイントを稼ぐ学会かなと思う。もし私がここで発表するとしたら、相当肩の力を抜いて望まないといけないと思う。何事も体験だ。

 でもまあ初めての産業系学会探索は楽しくなくもなかったので、また何かの機会があれば別の産業系の学会にも参加してみようと思う。何なら他にも産業系の学会も増えるかもだし。
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投稿者: 西川公平
2019-12-02 18:50

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