08/01: 2017ブリーフサイコセラピー学会in松山 参加記

最近学会参加に積極的になれない今日この頃ですが、この機会を逃すとなかなか浴衣を着る機会もないですし、はるばる愛媛まで行って参加してきました。

行きの飛行機をケチってPeachで取ったら、荷物が10㎏制限にも拘らず、すでに9.8㎏もある。これでどうやって土産を買って帰ればよいのか・・・いっそ宅急便で送るか・・・など思いながらの行き道だった。



1日目はワークショップという事で、認知行動療法のロールプレイと模擬面接をしようと準備した。
しかし、資料を作りつつ、「待てよ?」と思ったのは、“愛媛と認知行動療法”という接点の無さ。今までCBT関連の学会に参加していて、愛媛の人を見たことがあるだろうか?いやない。と感じたので、急遽基礎的な講義を入れることに軌道修正。
でも、当日会場で、皆が「CBTなんてとっくに知ってるよ。もう基礎的な話はイイから応用的な話をしてくれ」と言ったら、資料は無かったことにしようと思った。

そんな感じで特に地縁もない愛媛への行き道で、ふと思い立ってFacebookで愛媛に詳しい石川元先生に聞いてみると、あれこれ愛媛の美味しい店、腕利きのセラピスト情報などを提供してもらえた。実際に前日入りして食べに行ってみると、やたらと美味しい。感謝です。

ワークショップ初日、参加者に聞いてみると、果たしてCBTをしたことがある人がほとんどいない。本ぐらいは読んでいるけれど、研修を受けたこともない。むしろ愛媛でCBTの研修がなされたことがあるんだか無いんだか、愛媛の参加者も知らないぐらい。
流石に知らないもののロールプレイはできないだろうから、基礎からやりまーすという事で、抄録に書いたのとは違う流れで座学からスタート。共同経験主義と実証主義と学習理論と認知仮説について、前半だらだらと述べる。
さて、ようやく基本的な話を述べ終えて、いよいよロールプレイ。3人1組になってスタート。あーだ、こーだとみんな頑張ってる。
ロールプレイをするときに、クライアントさんの役をしてもらうべきなのか、自分自身の困りごとをしてもらうべきなのかについては、いつも少し迷う。
自分自身の困りごとのメリットは、まさしく自分自身であるのでブレがないというか、自分で思っていないところに気が付けていい体験ができる所で、デメリットはどうしても問題そのものが軽いという事だ。とうてい病の水準にはない困りごとばかりなので、そこで流れをおさらいしても、結局臨床場面で役立つのか怪しい。
一方でクライアントさん役になりきってもらう場合のメリットは、クライアントさんの体験をなぞることで「あの時クライアントさんはこんな感じだったんだな」と感じることができるのが、セラピストにとって結構新鮮だという事だ。実際アンケートにも「あの時クライアントさんが感じてたことが、全然わかってなかったという事が改めて分かりました」みたいな文言があるから、フレッシュな体験なのだろう。
しかしデメリットもある。デメリットというか、クライアントさんになれないセラピストというのがたまにいらっしゃって、ロールプレイが成立しないことだ。私の持論ではクライアントさんの振りが上手なセラピストはセラピーも上手だし、下手は下手だと思う。

ロールプレイしてもらったクライアントさんの中から一人出てきてもらって、前で模擬面接する。パニック症という触れ込みだが、よくよく聞くとかなり活動性が低下していてうつっぽい方だ。
話を聞いても不安な時間が長いというより、反芻をしている時間が長い。うつ病性の不安焦燥っぽいなー、ちゃんと抗うつ薬飲んでるのかな?と心配になるけどそこはとりあえずスルーで。難なく前半の講義通りにCBTを行う。

時間も押し迫ってきて、次のロールプレイをするかなーと思っていたら、フロアから「もう一人ぐらい模擬面接が観たい」とのオファーがある。あー、まあ、やってもいいけど聴衆の希望はどうなんだろうと挙手で尋ねてみると、どうもそっちの方が多そう。

じゃ、ということで、模擬面接の二つ目は、なかなか面白そうなケース。模擬クライアント曰く「反社会的行為を繰り返す人」らしい。でも、模擬面接だと時間が明らかに余っちゃうしなー、ということで、急遽くじ引きで模擬セラピストを一人選んで、先にやってもらう。
あまり臨床歴のない人に当たったけれど、なかなか頑張って検討されて、幾つかあり得るセラピーの可能性を除外していってくれる。しかし、模擬クライアントの「私が気に食わない当てつけをした相手には仕返しに嫌がらせをして思い知らせてやるのが正しい行いだ」という認知を正そうと走ってしまい、終了した。

模擬クライアントさんは、まあ何というか、注意を引きたいというか、「会社で刺しっぱなしにしてるUSBなんて、引っこ抜いて捨てられても仕方ないんですよ」「腹が立ったんだから、トイレを破壊してもいいんですよ」みたいなことを言ってのけた後で、必ず「そう思いませんか?」「そうじゃないですか?」と可愛らしい語尾で締めくくる。英語で言えば「,isn't it? ,right?」って毎回言ってるみたいな感じ。
「ダメ」って言われることで、ダメ出しした相手をダメって言いたいから、わざわざ言わせようとするだなんて、なんてキュートな!
「そんなにあえて非承認を欲しがる人には、ようあげられへん」という感じで、綱引きをせずに、血統の話と毒饅頭の話でぐいぐい押しまくる。思った通り引っ張られれば引っ張り返す準備を万端にしている人は、押されるのに弱い。
トラップにかかること無く進行した後、小さなイエスをこっそりと構築して、ふくらまして共同で困難に向かっていく風になったところで、課題を設定して終了。時間的にも、大体ちょうどぐらいとなりました。

質疑応答で、それのどこがCBTだ。混乱技法じゃないかとか、あれこれ言われましたが、いやもう、セラピーが何かというのは、認知に過ぎないんですよ。ぶっちゃけ。
それを催眠と思おうが、ソリューションフォーカスと思おうが、オープンダイアログと思おうが、誰にとっても認知は自由なんですわ。だから、これは認知行動療法と思っても、いささか問題ない、私の中では。
もちろん他の人が、違うように思っても、それまた何の問題もない。なんせ認知でないものはないといっても過言ではないので。

そんなこんなでワークショップは終わり、回収したアンケートを見ると、ほとんどの人が模擬面接について書いている。終わり良ければ総て良しというか、前半の講義は何だったのかというか、やはり模擬面接のインパクトは強い。

学会の仕事をすべて終えたという事で、なんかこう、飲みに行こうかと思った所、あんまり一緒に飲んだこと無い先生らのグループに行く予定の熊澤さんから誘いが。これは新たな面白人脈かと思って、「店決まったら教えるねー」という話を真に受けて、ホテルで待っているが、2時間ぐらい待っても全く連絡が来ない。てか一瞬寝てた。

いやはや、これはあかんすっぽかされたという事で、別のやってるっぽい飲み会に合流して、あーだこーだお喋りながら、夜を過ごす。


さて翌日二日目は、特に仕事も無ければ、聞きたい発表もないので、松山を散策して過ごす。石川先生おすすめの四国で一番腕のいい鍼灸・按摩師の所で、首肩あたりの凝りをほぐしてもらう。やはりマッサージではなく按摩は年季が違うというか、上手くツボを押さえているなあ。「今日はあんまり飲み過ぎない方がいいですよ〜」とアドバイスももらう。
私自身は旅先で医療ではない療法士の施術を受けるのが結構好きで、何なら商売敵なわけだから、敵情視察?に行きつつも、どういうシステムで成り立ってるんだろうかなんて考えたりしている。


そうこうしている内に会場についてしまったので、医学教育のシンポジウムに出席する。最近医学部で学部生や研修医相手にちょっとした講義をさせてもらう機会も増えてきたことだし、ちょっと見ておこうかなという事で。
医師教育のタイトなスケジュールの中に何を、どうやって伝えると良いのかという難しい課題に対して、シンポジストがあれこれ喋っていて、それなりに参考になった。
まあでも、振り返ってみて、私が医学生に教育するのは「精神科臨床は楽しいよ」という事を伝えるためと、「患者さんで困った時はCBTセンターに振ってね」という宣伝のための二つなので、あんまり自分自身に教育の使命とかはまるで無いことが分かった。まあ、ボランティアだし、そんなもんだろう。

さて、オフィシャルな懇親会の前にいったんホテルに帰って、浴衣に着替えて、再出発。しかし、折れた踵に雪駄は最悪の相性だと知る。しかし、浴衣にスニーカーを履くわけにはいくまいと、やせ我慢で会場まで歩く。
会場ではすでに歴々のあいさつが終わって談話タイム。遅れてきた分を取り戻すべくガツガツ喰いながらあれこれ喋りつつ、油じみも辞さずに名刺交換する。数人の先生に「来年京都で学会だから、その前に滋賀でブリーフセラピーの地方研修会をやってね」と念を押される。

ブリーフの研修会か〜。合宿で白木先生が何回かその腕前を披露してくれているから、そんな感じでやるかな。でも、なんというか、第一世代のブリーフセラピストにいつまででもおんぶに抱っこという事態もかっちょ悪いから、中堅ぐらいのブリーフセラピストに頼むかな?それぞれの弟子筋みたいな感じの人らにいっぱい来てもらって、グロリアと三人のセラピストよろしく、各流派の特徴を用いてデモンストレーション模擬面接してもらう的な。
そうと決まれば、雰囲気最も凶悪そうな松原慎先生にとりあえず声をかけて、快諾いただく。とりあえず臨床催眠ゲットだぜ。

後は、システムズアプローチの人とか、ナラティブアプローチの人とか、ソリューションフォーカスアプローチの人とかを集めればいいのか。何でもタッピングですぐ解決できる人とかはいないのか?たくさん呼ぶなら二日ぐらいやりたいな・・・などと妄想を膨らませていく。

そんなこんなで、適当に声をかけつつ、オフィシャルな懇親会は終了。二次会に行くかと見せかけて、左足の痛みが半端ないことになってきた。しかも出口で喋ってたら、昨日約束をすっぽかした熊澤さんに、後ろから左ひざをカックンされる。こ、これは痛い。
精神的のみならず、物理的にも痛めつけてくるとは、なんたる仕打ち!くーまーざーわー!!!絶対ブログに書いてやるー!!w
按摩さんのアドバイスもあるし、今日は帰って、明日の朝早く道後温泉にマジ湯治に行くことにしようという事で、さっさと帰る。

開けて三日目。荷物をまとめて6時に路面電車に乗って道後温泉に出発。朝ですら、少しもう蒸し暑い気がする。
道後温泉は来るの二回目だけれど、前に来た時の記憶が全くないので、はじめての時のように楽しめた。きっと前は神の湯に入ったはずだから、今度は霊の湯に入る。きっと前は休憩室を使わなかったはずだから、休憩室を取る。そんな過去の亡霊とすれ違いながら、じっくり足を癒した。

十分休んだし、さて、学会にでも向かうかと市電に乗ったら、まさにその時広島の梶原さんが道後温泉に行ってる。何たるすれ違い。今回の学会では全然喋れなくって、残念だなあ。

三日目は朝から新谷宏伸先生のUSPTによる短時間人格統合のセッションに参加。新谷先生は全日のWSにも来てくれて、感想もくれて、いい人だった。USPTも何というか、それはUSPTなのか、新谷先生の人となりなのか、Thank youが多くて優しい雰囲気。しかも、デモンストレーションも見せてくれて、判り易い。今度なにかの隙を見てUSPT習いに行ったり使ってみたりしてみようと思う。
座長の中島先生は、お得意の再決断療法とそれについていけなかった話をしつつ、多分「決まった手続き、定まったセリフ」というのがお好きでないのだろうなと思う。まあでも数ある解離の扱いの中で、最もゴテゴテしていない感じでいいと思う。
フロアからの質疑ではEMDRに似ているのかという話があって、中島先生が「全然違う!」といきまいてたけど、確かに違うというか、むしろどっちかって言えば自我状態療法に似てるように見える。
しかし、解離の概念は広げようと思えばどれだけでも広げられるというか、解離大好きな人にとっては、解離でないものはほとんど無いんだろうな。うつ大好きな人にとって、うつでないものはほとんどないように。

その次の発表は、大阪の宋先生の発表で幻聴に対するシステムズアプローチという触れ込みだったけれど、システムが悪さをしているのはセラピストに対してだけで、しかしそれを何とか6回裏に巻き返したという、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ的な発表で良かった。
ていうか、これも解離って見ようと思えば、解離って見れるよねって、ジョークを言ったら、植村さんに先を越されたとか言われた。生き馬の目は積極的に抜いていこう。終わってから宋先生とちょこまか家族関係CBTの話をした。

その後は、自主シンポジウム「師匠と弟子」に参加。もう、最初のシンポジストが一言目を発した時の、立ち位置から発声から言葉遣いまで、師匠にそっくりで、爆笑。その後もずっと楽しい話が続く。
なんか、弟子筋の人たちの話を聞かされている師匠達の気恥しさの方がウケるというか、多分囲まれてハッピーバースデーを歌われるのと、フラッシュモブされるのとのちょうど中間ぐらいの恥ずかしさだと思う。
実際師匠筋の人たちは結構赤面してたし、内面をえぐる恐るべきシンポジウムだ。これは、ハチクロで言えば、野宮さんが、真山君に感じてたのと似たようなものかもしれない。

「師匠筋の人々が、今の弟子と同年代ぐらいのころを思い出してみて、弟子とはどこが似ていますか?」ってどうでもいいタイムマシン質問をしようと思っていたけれど、時間がなくって残念。

まあ、私は師匠もいなければ弟子もいないという雰囲気で生きていきたいので、師匠がいないというのは気楽なような、寂しいような。いやまあ、めんどくさくなくて気楽です。
まあでもクライアントさんが師匠で、クライアントさんとの臨床に殉じていれば、それなりに本人の持ち物に即したセラピストになっていこうかと思うんだけれど、そうじゃないから、師匠のコピーになっちゃうんだろうな。しゅはりしゅはり。

いや、でも、ひょっとして技法というのは人の性格まで作っちゃうんだろうか?楽器が性格を作るのか、性格が楽器を選ぶのか、それが問題だ。

あんまり歩くのがしんどいにも拘らず、お昼の弁当の注文を忘れていたところ、宮秋さんが権利を譲ってくれたので、感謝。総会に出たら弁当が出るというシステムは、本当に優れているなあ。薬屋の弁当は食い逃げする気満々だけど、これだと逃げる気が起こらない。

総会では、去年のシンポで学会が神村先生に失礼ぶっこいてしまい、結局辞められちゃった事件を受けて、なんだかんだとクライアントさんにとって全く得の無いばかりか不要な手間ばかりが増える防衛策が練られているところに、「その防衛はクライアントを守るためじゃなくて、学会を守るためだろう」という、超真っ当なコメントがついててウケた。いやー、菊池新会長お疲れ様ですわー。

その後は、公認心理師のシンポジウム。なんというか、いささかぐだついたお話を内職しながら聞いていると、「野の医者は笑う」で有名な東畑開人さんがご登壇。
おおおー!勢いがあるなー、この方。何というか、ぶっちぎりで面白いわ。
文化人類学的視点から、心の癒しを称する様々なヒーラー達の文脈を体験的に理解することによって、そのような民俗的治療の持つサービスに殉じる逞しさと比較して公認心理師資格について語るというロジックか。久々にフィールドワークとか懐かしい。

「技法は空虚な箱なのか?」というスライドがあったけれど、どうも前日の師匠弟子対談を見ていると、確かに技法は人格を犯す油じみのようなものかもしれないとは思う。あるいは、技法はマネタイズツールとして機能しているのをよく見る。それは民俗も専門も同じ穴の狢だわ。
しかし、技法って、あるの?とも思う。例えば初日のワークショップの模擬面接で「混乱技法を使ったでしょ」と言われた。よくパッと混乱技法を思いついたねと。
しかし、混乱技法を使用しようと思って、混乱技法を使用することなんて、有りえるんだろうか?麻雀で言えば「手が入ったから一気通貫作りました」という事はあっても、「今日は一気通貫作るぞ」と打つ前から思ってたら、それはちょっとどうかしている。
一方で、確かに私は自身のセラピーにおいて認知再構成もすれば、曝露反応妨害法も行う。でもそれは、全然私が選んでいるわけではない。上から降りてくるわけでもないんだけれど、結局のところクライアントさんが選んでいるんだろうと思う。
「いやー、今日は珍しく正当な再帰属法だったなー」とか、「本日は懐かしのガスリーさんのお出ましでしたわ」とか、終わってから感心することもあるぐらい。でも、そんな出自が分かる技法なんて全体の中ではほとんど無くて、大体は一回こっきり使われて、あぶくのように消えていくものだ。それらを既存の技法に似ているとか解釈することはできるけど、その解釈は特に何かの役に立つわけではない。
だから、私的に技法とかは、無いってことでかまわない。囲碁で言えば「ここの地が甘そうだから打っといた」的な、地に誘われるものであっても、図としては無い。図が目立つようなものは金稼ぎの道具に過ぎない。
まあ、あえて言えば、我々人間は対人場面において言語的な交流を行うことがしばしばあるが、その時プロとして新言語を生成していかなければならない面持ちで常にいることが、技法のようなものだろうか?むしろ心構えか?
言葉というのは得てして蠅取り紙のようにまとわりつくし、特に自分が何かを教えだしたりしようものなら、それに呪われてしまう。

脱線したけど質疑応答で、東畑さんが産業領域の先生に金銭的な質問を投げかけていたのをいいことに、ちょっとしたコメントで場を盛り上げてみる。いい感じで会場もヒートアップして、最終的に産業の先生から、「会社にとっては白い猫でも黒い猫でも、ネズミを捕るなら一緒」というコメントを引き出すのに成功する。
というのは、実は、ブリーフサイコセラピーは短期で効率的なだけで、白い猫でも黒い猫でも一緒な学会だ。各セラピストが「これが“良くなった“です」とそれぞれ勝手に言ってるわけだから、当然「長期休職者25人を1回50分の面接で全部辞めさせました」でも、会社の文脈にのっとって良くなったとならざるを得ない。
誰かが「ブリーフサイコセラピーは、捨てざるでないものまで捨ててしまった結果、衰退した」と言ってたような気がするけれど、まあなんというか、見本市してるだけですでに効果も効率も捨てちゃったんじゃないの?と思わなくもない。

まあそんな戯言はさておき、シンポが終わって東畑さんと喋りながら帰る。意外と2人とも飛行機離陸まで時間があったので、空港で飯食ったりお茶したりしながら、あっちこっち話を膨らませる。サービスに殉じる民俗のセラピストが、それによってしっかり社会に足をつけているのに比べて、専門のセラピストの下半身が弱っちいのを何とかしたいと言ってはった。あとは、本が書きたいとか、研究したいとか。何とも熱い事だ。
まあでも久しぶりに楽しい時間が過ごせた気がする。これが野の医者の癒したるup現象なのかと思いながら、まあなんか、もうちょっと私も頑張らないとなと思ったり思わなかったり。
しかし、人となりが社会構成主義でありながら、セラピーが本質主義的な精神分析ってのも、珍しい組み合わせやな。セラピーが社会構成主義風で、人となりが本質主義って人はごまんといるけど。

帰りの飛行機の待ち時間にブリーフの中堅どころを捕まえられたので、滋賀の研修会で喋ってもらうように交渉し、Facebookで九州の中堅どころにも連絡する。結構人数が増えてきたから、2日間のワークショップにしようかな。せっかくだし、新制度を使ってリアルなクライアントさんにも登場してもらおうかなとか、いろいろ妄想を膨らませつつ、帰路に就いた。
投稿者: 西川公平
2017-08-01 07:57
カテゴリー: 雑談

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