08/02: ブリーフサイコセラピー学会 in 六本木参加記

今年で参加5回目になるブリーフサイコセラピー学会に行ってきました。
今回はあれこれ仕事が立て込んでいたので、プログラム的には自分の発表がある日曜日のみ参加。

土曜日の夜に着いて、懇親会でシンポの打ち合わせして、二次会行って、打ち合わせでようやく話された内容に合わせてシンポのスライドを作り直して、寝た。
打ち合わせ上は、急遽来れなくなったシンポジストに、電話かSkypeで参加してもらえそうな感じになったけど、どうなることやら。

割と意外だったのは、シンポジストがお互いのスライドを事前に交換してディスカッションするということが無いようで、話し合った結果、まあ結局当日発表まで見ないということになった。

ふーん、そうなんだって感じ。

私的にはシンポジストには若い先生もおられるので、おそらく自分の言いたいことをうまくスライドにまとめることが難しいだろうから、ちょっと手助けしてあげてもいいのになあ。
まあでも、みんな自信があるんだろう。

そんなわけで、当日。

会場入り口が全然がわからなくて、歩きにくい雪駄で大学の壁をぐるりと一周するいい運動をしたのち、会場に到着し、受付する。

打ち合わせの時間が来るも、シンポジストがそろわない。連絡もあんまりつかないような・・・。まあどうしようもないので、遠隔参加のシンポジストの音声チェックなどをして過ごす。つながり悪さに悪戦苦闘するも、まあ何とかなりそう。

プログラムを観てみると、なんと10:30に前の演題が終わって、10:30から次の演題と、隙間が全くない。
事前のスピーカーの準備とかチェックとか色々あるのに、なかなか難しいな。

前の演者はそれほど超過せずに終わってくれたので、取り急ぎ準備して、シンポジウムスタート。
フロアの聴衆には知った顔がちらほら、知らん顔が半分以上。朝2のプログラムにもかかわらず、50人ぐらいとそれなりに入ってくれている。おっと高校の先輩の東さんが来てくれてるなあ。ありがたいことだ。

企画者の中野さんが企画趣旨について述べる。何というか、スライドが多く、内容が少ないので、冗長だわ。
聞けば白木さんと飲みながら喋ったことからこの企画が生まれたらしいけど、実際の発表も居酒屋のおしゃべりレベルから微塵もブラッシュアップされてない。

でもまあ、ブリーフサイコセラピー学会のいい所は、居酒屋でされる与太話からイイ話まで、「そんなの学会で発表できるレベルじゃない」なんて言わずに、懐深く発表として受け入れているところなんだと思う。

続いて白木さんの発表。スコットミラーたちの研究を紹介しながら、『セラピストは年を経るごとに下手くそになり、良くならない患者を引き延ばすようになる。』という報告。

まあ、技術職なのでどこかの年代にピークがあり、その後は衰えていく一方だというのは当然のことで、妥当な研究だと思う。聴衆に対し、自らの腕前について、「下の下、下の上、中の下、中の上、上、特上」のどれだと思うか目をつぶって手を上げてもらうプレイ。
先輩は中の下ぐらいで手を挙げているので、それを上回る人は結構いる。
確かに先輩も、昔は腕が良かった気配があると思っていた。今はちょっと残念な感じがあっても、指摘してくれる人もいなさそう。

白木さんの発表で残念だったのは、外タレのデータじゃなく、白木さんが最盛期に比べてどんだけ下手になったのかを明白に示すデータを出してくれていたら、ピリリと盛り上がったと思う。

さて、私の発表。
「ゲスの極み、ブリーフセラピー」というタイトルで、ゲスい話を三本ばかり事例報告する。ウケていると言えばウケているけど、反応がないと言えばない。

せっかくのオープン・ゲス・ダイアログなのに。まさに初発の精神病症状にアウトリーチかけてるのとか、今風だって思ったのになあ。

自称上級者の聴衆の何人かに途中で質問を投げてみるけど、そもそもブリーフセラピーというものが判っている気配すらない。

なんというか、下手は下手なりに、認知行動療法でもすればいいのにと思う。
CBTはいわばマクドナルドだから、京都のマクドはマズいけど、大阪のマクドはウマいみたいなことの少ない、どこを切っても同じ規格の同じ味を目指している。マクドのクルーに料理の上手下手は関係ない。

ブリーフの人たちは、「マクドなんて料理じゃない」と言いながら、隠し味とかひと工夫とかばっかりで食えたもんじゃない激マズ定食出してる圧倒的多数の人が、ごくごく少数のレシピ無しでグラムも測らず美味しい料理出す人たちを崇め奉ってる感じ?

でもまあ、これもブリーフサイコセラピー学会の良い所だが、「それが異なるオリエンテーションであろうが、臨床の技術について、素直に称賛・評価する」という文化がある。
ブリーフの人たちにとっては、「え?そこ以外どこを評価するの?」という感じだろうが、実際CBTの学会において、臨床技術などの手妻は大して評価されるところではない。


話はそれたが、三人目の若手の宮尾さんの発表。何というか、若いというか、発表に不慣れというか、おそらく発表準備に費やす時間が全然足りてない。その倍は準備時間が要るわ。
他人に見せて意見を聞く予演すらしてる気配がない。本人の努力不足が半分、ブリーフサイコセラピー学会の教育放棄が半分といったところだろうか。

しかも、昨夜の打ち合わせで「ぶちかましてやる」と息巻いていた「ブリーフで偉そうにしてる上の連中って、何しても治るようなお手軽なクライアントの相手してるだけで、ホンマは下手くそなんじゃねえの?」という発言を、全くせずに終わる。

私その発言をサポートするためのブリッジスライドまで作ったんだけど、ブリッジどころか私の主張になってしまったな。失望したな。


まあ要するに、ブリーフサイコセラピー学会というのは、30年ぐらい前に腕に多少覚えがある十数人が集まって作って、その人達は今や見るも無残な感じだけど未だにのさばってて、その下は腕衰えた上の人たちすら越えられない致命的な下手くそが団子になっていて、かなり残念な感じ。
学会発表すら適当でなめてるんだから、臨床も適当でなめてると思うけどね。ふつう考えて。

一方で、飲み会は楽しくて、緩い雰囲気で、みんな結構仲良し。私のような門外漢が参加してても居心地よく受け入れてもらえている。


「外から見ると、どんな感じ」か忌憚なく言ってくれと言われたので、言ってみた。

シンポ参加者同士のあいさつでは「ブリーフセラピーの背骨をたたき折るつもりで頑張ります」とか言っちゃってたけど、無い背骨は折れんわw。


話を戻して、シンポの質疑では、まず「何をもって“良くなった“と言ってるの?」という常識的かつありきたりな質問からスタートしたけど、まともに答えを返せるブリーフセラピストがその場におらず、仕切れる人もおらず、長々と意味のないやり取りが続いた。
質疑では特に私の発表内容に触れられることもなく、寂しい思いをした。ブリーフセラピーの発表なんてしなきゃよかったなー。出す学会間違えたー。

途中で飽きてきたので、若干受け答えがおざなりになりつつ、時間が来たので終わった。お役目終了。


フロアに出ると、「西川さん、面白かったよ」などと声をかけてもらえる。ありがたいことだ。
理解してもらえているとは思えないが、ほっこりはする。


お昼になったので、どっかお昼ご飯を食べに行こうかと思ったら、突然のゲリラ豪雨。
雪駄は雨に弱いので困ったなあと思っていると、どうやら総会で弁当が出るらしい。事前に申し込んでおかなくても当日余っているのでと券をくれる。

そもそもこの「総会で弁当を出す」というシステムが素晴らしい。他の学会で出たとしても、せいぜい薬屋の利権弁当ぐらいだ。
おとなしく総会を聞いて、事務仕事する人たちは立派だなあと感心しつつ、私にもしも学会仕事が回ってきたら、その時が潮時で学会を辞めようとぼんやり考える。


その後は暇だったので、大会企画シンポジウムの「アプローチを超えた対話~ブリーフサイコセラピーを原点回帰する」に参加しようと向かう。
企画シンポジストをつとめる先輩が、会場入口のところで、「西川君、さっきの発表おもろかったよ~」と満面の笑みで言ってくる。マジ嫌な予感しかしない。

大会企画シンポでは、精神分析の先生以外は割と親しい先生ばかりだったので、まあ聞きやすい。精神分析の先生は、言い訳ばっかしてるけど、精神分析なのでまあそんなもんかなと思う。

しかし、私は「さっきからの嫌な予感が全然止まらない、ヤバイ!」と独り人知れず焦り続ける。ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!

案の定先輩は、自分の番が来ると、壇上から名指しで私の発表を褒めてくる。・・・マーフィーレベルの予言だわ、と撃沈する。

まあでも、観に来られた時点でダメだったのかも知れない。今回の原点回帰というテーマを私なりに考えて、ブリーフサイコセラピー学会がかつて一番輝いていたころ、みんなが発表をワクワク・ハラハラしながら、ドキドキ聴いてたんだろうというその頃の息吹を体験してもらうタイムマシンに乗せるというのが、私の発表の趣旨だったのだから。
そりゃその当時まさにそれをしていた立役者は反応せざるを得んよな。


しかし最近、私自身がブリーフサイコセラピー学会に立ち入りすぎてしまっている。「ブリーフとCBTの接点」というシンポをCBTサイドとして発表するとか、同じタイトルの本をCBTサイドで書くとか、ここまではイイ。
しかし、森さんの死に際に対談するとか、「不登校と引きこもりに効くブリーフセラピー」という本にブリーフセラピーの話を載せるとか、そこまではちょっと踏み込み過ぎていると我ながら思う。


いやー、もう勘弁ということで、ちょっと距離をとるためにもこうやってブログに悪口を書きまくろうと思う。ヘイトを集めるわー


というわけで、というわけでもないが、大会長の長谷川さんという人が、それぞれのシンポジストの話に、一人ずつ返しているのだが、そのすべてがまるで明後日の返しで、ここまでくると哀れを通り越してスゴイ。
三日通して大会長だから疲れてるんだからってんでは無さそうなズレズレっぷりで、恐れおののく。一言一言で人柄がしのばれるってのはこのことか。
シンポを仕切ることも当然できない。簡単なことができないんだから、難しいことができるはずもない。だけどできちゃう大会長ってのが、この学会のいい所なんだろう。

事例提供者の神村さんは、さして上手くもないけどこれを下手って言ってしまうともはやCBTに人材はいないという感じの発表をされる。
なんと当事者の方も連れて来られていて、壇上で幾らかコミュニケーションを取りながら発表される。

これは、いわゆる原点回帰というか、臨床心理学会が学生紛争やら人は平等やらなにやら言って、学会に当事者の方がどんどん来るようになって、やがて崩壊して雨後の筍のようにクソ学会が乱立したというエピソードを彷彿させる、まさに原点中の原点なのかも!と思って一人でウケる。
だからまあ、そういう意味ではオープンダイアログも原点回帰かも知れん。

平等性原理主義の概念に飲まれて、僕らの音楽は道具になり下がる~♪って、いい歌詞だな。


もうひとつ面白かったのは、指定討論者の三人が自らの不安ダダ漏れで当事者にお門違いな働きかけをしまくって、ほとんどすべて撃沈されるという失笑的なやりとり。まさにダメだこりゃを地で行っている。
でも誠実にボケ殺しし続けた当事者だけはホントに素晴らしいと思う。

どうして学会に当事者を呼ぶという試みが、かつて崩壊を招いたのか私は全く知らないが、想像するに「老害が隠しておいた下手くそさ」がまともに露呈してしまうからなんだろうと、今回のやり取りを見て邪推する。
ロールプレイなんかでお茶を濁しておく方が絶対安全ですよとお勧めしておきたい。

指定討論の杉山さんが「ワニの脳と、馬の脳と、人の脳」の話をしていて、私はいつもワニと人だけで脳の話をしているので、馬か・・・とその使い勝手についてしばし考えてみる。考えてみたけど、やっぱりワニと人だけでいいやという所に落ち着く。

フロアから「もし神村さんが2回くらいで亡くなってて、前の三人から次のセラピストを選ばなきゃならないとしたら、だれを選びますか?」とグロリアよろしく質問したかったけど、そんな時間は存在せずに終わる。

まあでも、緩いということは、参加者にあれこれ妄想させるゆとりがあるってことだから、そういうのはイイのかもしれない。何の期待もなければイライラすることも起こらないし。


そんな感じで、ブリーフサイコセラピー学会弾丸ツアーは終了。自らのマネジメントの悪さが招いて短い滞在期間だったせいか、他の何かのせいか、それほど得るものはなかった学会参加でした。

読んでいただいてわかるように、「イイとこ探し」したらいっぱい出てくる学会です。それで沈みつつあると言ってもいいぐらいいっぱいあります。
投稿者: 西川公平
2016-08-02 00:31

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