06/14: 久野語録

ひさびさの久野語録です。行動療法の用語は6つでお腹いっぱいです。

何かが上手にできないときは、たいてい①「まだやり方が判らない」からか、②「中途半端にしか判ってない」からか、③「やり過ぎちゃってる」からかのどれかです。

今日はそのうち①の「まだやり方がわからない」について説明してみます。
例えばしゃべれない自閉症のお子さん等も「まだやり方がわからない」に当てはまります。

そもそも自閉の場合、周りで起こる事の区別がつきにくいので、体の揺れや緊張・興奮などの体の内側で起こる出来事にだけ応えるような状態になります。
これは自分の内側で刺激と反応を自給自足しているような状態です。

例えば自閉症のお子さんで多動な子がいますが、一見周りに応えているように見えても、実は自分の内側に反応している場合があります。こんな時は周りとやり取りしているとは言えないのです。

実は赤ちゃんの喃語も周りに答えているようで最初そうではないのですが、成長につれて応答に変化していくのです。

じっさい我々は周りと自分とで何かをやり取りしながら生きています。
しかし例えば「足が言う事をきかない」であるとか、「指がむずむずする」といった時、その「足」や「指」と「自分」とがやり取りをしてるんだともとれます。
という事はつまり、身体ですら「私という主体」から考えれば周りであり、やり取りの対象だと言えなくもないのです。
しかし厳密にこの辺りを考えると、頭が痛くなるので、それはこの辺でやめます。

さて、仮に子供の喋れない理由を、自分の身体の中とばかりやり取りしているからだと考えると、喋る前にまず身体の外とやり取りすることを学ぶ必要があります。

ですから働きかけの方法としては当然「外からの合図に応えるパターンを増やす」ことになります。
やり方のわからない事を判るようになるためには、それなりの準備が必要です。

久野先生のところでは、まず部屋の四隅から合図を送って、合図に対して「ん?なんだ?」というそぶりがあるかを調べます。
合図は光だったり音だったり、子供に合わせて色々です。

自閉症に気づくきっかけとして、合図を送ったときの反応が少ないというのがあるので、耳鼻科検診をうける親御さんが良くおられますが、検査結果はたいてい正常です。

つまり反応が少ないのは耳が聞こえていないのではなく、「音が鳴っている/鳴っていない」の違いに意味を見出していないということなのです。

聞こえてるけど意味が無いというのは難しいですが、我々も目を閉じて耳を澄ますと聞こえる音(たとえば時計の秒針や冷蔵庫の音や家の外の自動車の音)を、普段は意味のある音としては聞いていませんが、それと似たような感じです。

たとえばその時玄関のチャイムがピンポン♪と鳴ったとします。
我々はそれから「誰かが来た合図だ」という意味を見出せますが、自閉症のお子さんにはできない子もいるのです。
その子にとってはピンポンの音も冷蔵庫の音も、ただ流れている景色のように、聴こえてはいても意味がないのです。

ですから、一番最初にそういった外側からの合図に応答するという事をトレーニングします。
どうやってやるかというと、ちょうど光や音が合図を送った時に何かのそぶりを見せたら、本人の喜ぶことをしてやるのです。
本人の喜ぶことが何かは難しいですが、たいていチョコレートを使っています。
もしだんだん合図とそぶりが合わさってくるようなら、本人はチョコレートが好きだったということです。

コツとしては、幾つかありますが、大事なのはそぶりを見せることではなく、合図がある時とない時を区別して反応することです。
また最初はちょっと反応してもチョコをあげますが、やりすぎて飽きるといけないので、最後の方ではちゃんと探ってくれないとあげない、などケチるのもコツです。

「合図のあるなしに合わせて、探るようなそぶりをすると、チョコがもらえる」練習から、自分の身体の外側からの働きかけに意味を見出した時、まさにそれがコミュニケーションのステップを一歩踏んだことになるのです。

子供たちと接しながらそのステップを上手にリードできたとき、我々はご褒美に余ったチョコを食べることにしています。ケチった甲斐がありました。

つまり腕の良い治療者ほど大量に余ったチョコを食べる事ができ、したがって糖尿になる危険性が大きいのは、必然的な職業病なのです。
投稿者: 西川公平
2007-06-14 17:55
カテゴリー: 久野語録

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